Old Empire Motorcycles — ノーフォークの納屋から放たれる「引き算」の凄み
英国ノーフォークを拠点に、削ぎ落としの美学で一台ずつ仕上げるOld Empire Motorcyclesの設計思想と手仕事を読み解く。
英国東部の平野に、なぜこの工房が在るのか
イングランド東部ノーフォーク州。ロンドンから北東へ約190km、ブリテン島でもっとも平坦で、もっとも風が強い地域のひとつである。農地と葦原が果てしなく広がるこの土地に、カスタムバイクの世界で独特の存在感を放つ工房がある。Old Empire Motorcycles(以下OEM)だ。主宰するアレック・シャープが、農家の納屋を改装したアトリエで手がける車両は、年間数台に満たないとされる。量産とは対極にある。
OEMの名が広く知られるようになったのは、2010年代に入ってからのことだ。英国のカスタムシーンは当時、ロンドンやバーミンガムといった都市部のビルダーが注目を集めていた。Untitled Motorcycles、deBolex Engineering、あるいはスコットランドのUntold Motoといった工房が、それぞれの流儀でネオクラシック/カフェレーサーの文脈を更新していた時期である。OEMはその潮流のなかにありながら、都市の喧噪からもっとも遠い場所に陣取っていた。地理的な孤立は、結果として作風の純度を高めたように見える。
OEMの車両に共通するのは、素材そのものの質感を前面に押し出す仕上げだ。厚い塗装で覆うのではなく、金属の地肌、真鍮の経年変化、革の繊維感をそのまま見せる。装飾を足すのではなく、引く。この「引き算」の思想は、日本のカスタムシーンでも共感を呼びやすいが、OEMのそれはどこか英国の田園風景と地続きの、枯れた美意識に裏打ちされている。
Photo by Jonathan Marchant on Unsplash
ベース車両の選定 — トライアンフとロイヤルエンフィールドという軸
OEMが好んでベースに選ぶのは、主にトライアンフとロイヤルエンフィールドの単気筒・二気筒モデルである。トライアンフであればボンネビルT100やスラクストンの空冷並列二気筒、ロイヤルエンフィールドであればBullet 500やClassic 500の単気筒がしばしば素材として用いられてきた。
この選択には明確な理由がある。まず、英国のビルダーにとってトライアンフは「地元の鉄」である。部品の入手性、エンジン内部への理解の蓄積、そしてフレーム構造のシンプルさ。特に2000年代のボンネビルに採用された790ccの空冷並列二気筒は、OHCながらプッシュロッド時代のスタイリングを意識した外観設計がなされており、クラシカルなカスタムとの親和性が高い。クランクケースの造形、ヘッドカバーの曲面がそのまま「見せ」の要素になるエンジンだ。
一方のロイヤルエンフィールド、特にインド製のBullet 500系は、鋳鉄シリンダーとOHVバルブトレインという、21世紀においては希少な構成を持つ。排気量499cc、公称値で概ね27馬力前後とされるこのエンジンは、速さとは無縁だが、低回転域の鼓動感と機械的な素朴さにおいて独自の魅力がある。OEMがこの単気筒を選ぶのは、出力ではなくテクスチャーを求めているからだろう。エンジンそのものがオブジェとして成立する——そういう素材選びである。
OEMの代表的なビルドとして知られる「Baal」と呼ばれる車両は、トライアンフ・ボンネビルをベースにしたものだ。アルミとスチールの外装パネルを手叩きで成形し、真鍮のディテールを随所に配したこの一台は、カフェレーサーとも、ボバーとも、スクランブラーとも分類しにくい。カテゴリーの不在こそがOEMらしさであり、ジャンル名で語ることを拒むような佇まいがある。
Photo by jules:g (BY-NC-SA) via Openverse
手仕事の核心 — 板金と真鍮、そして「見える構造」
OEMの車両を写真で眺めるだけでも、ひとつの特徴にすぐ気づく。溶接痕をあえて残す、あるいはリベット留めの接合部をそのまま意匠として見せる手法だ。これは単なる無骨さの演出ではなく、「この車両がどう組み立てられたか」を外観から読み取れるようにする設計思想と言える。
板金加工において、OEMが多用するのはイングリッシュホイール(手動式の板金ローラー)と木型を使った叩き出しである。イングリッシュホイールは、上下2つのローラーの間に金属板を通し、圧力をかけながら曲面を形成する工具で、三次元曲面を持つタンクやフェンダーの成形に欠かせない。CNCで切り出したパネルを溶接で箱組みする現代的な手法とは異なり、一枚の板から曲面を「育てる」工程には膨大な時間がかかる。だが、その結果として生まれる面の連続性——エッジの出方、曲率の変化——は、プレス成形品とは明らかに異なる有機的な表情を持つ。
素材としてスチール(軟鋼板)とアルミニウムを使い分けるが、OEMの場合はスチールの比率が高いとされる。アルミは軽量だが、溶接後の歪み修正が難しく、また経年変化の表情がスチールほど豊かではない。OEMが求めるのは、使い込むほどに変わっていく表面であり、その点でスチールに錆止め程度の薄いクリアを載せる、あるいは焼き入れで色を出すといった仕上げが選ばれる。
真鍮パーツの多用もOEMの署名的要素だ。ヘッドライトリム、スロットルハウジング、各種ブラケット、時にはエンジンカバーにまで真鍮が用いられる。真鍮(黄銅、銅と亜鉛の合金)は加工性に優れ、旋盤での切削やロウ付けが容易な一方、放置すれば酸化して深い飴色に変わる。この「育つ素材」としての性質が、OEMの「完成した瞬間がピークではない」という哲学に合致する。
フレームへの介入は最小限にとどめられることが多い。ベース車両のメインフレームをそのまま活かし、シートレールの短縮やサブフレームの差し替え程度に抑える手法は、構造強度を担保しつつカスタムの自由度を確保する合理的な判断だ。ステムやスイングアームピボットの位置を変えるような大幅な改造は、OEMの車両ではほとんど見られない。引き算の美学は、フレーム設計にも及んでいる。
Photo by diGital Sennin on Unsplash
📺 関連映像: Old Empire Motorcycles custom build process — YouTube で検索
英国カスタムシーンにおける位置づけ
英国のカスタムバイク文化は、1960年代のカフェレーサーとロッカーズに遡る歴史を持つが、2010年代以降のリバイバルは、それとは異なる文脈で進行した。SNSとオンラインメディアの台頭により、ビルダーの作品は地理的制約を超えて世界中の目に触れるようになった。Bike EXIFやPipeburn、The Vintagentといった英語圏のカスタムバイク専門メディアがキュレーターの役割を果たし、小規模工房の作品が数十万単位のオーディエンスに届く環境が生まれた。
OEMもこの潮流の恩恵を受けたビルダーのひとつだが、興味深いのは、その作風がSNS映えを意識した派手さとは無縁であることだ。LEDのアンダーグロー、ターボチャージャーのむき出し配管、カーボンファイバーのカウルといった、オンラインで「映える」要素をOEMの車両は持たない。むしろ写真では伝わりにくい——素材の手触り、金属の重量感、真鍮の匂い——そうした五感的な要素に価値の重心が置かれている。
英国内でOEMと比較されることがあるビルダーとしては、ドーセット州のdeBolex Engineeringが挙げられる。deBoxelはドゥカティやホンダのスポーツバイクをベースに、カーボンファイバーとアルミニウムを駆使したシャープなボディワークで知られる。対するOEMは、より古い時代の素材と技法に立脚している。両者は同じ「英国のカスタムビルダー」でありながら、設計思想の出発点がまるで違う。
また、OEMの車両は「乗るための道具」と「眺めるためのオブジェ」の境界線上に立っている。完全なショーバイクとして作られているわけではなく、公道走行を前提とした灯火類やミラーを備えた車両も多い。だが、その仕上がりは明らかに実用を超えた領域に踏み込んでいる。この「使える工芸品」という在り方は、日本でいえば刃物や漆器の世界に近い感覚かもしれない。実用と鑑賞の両義性——それがOEMの車両を単なるカスタムバイクから一段引き上げている要因だろう。
Photo by Konrad Nowacki on Unsplash
入手性と価格帯、そして「所有する」ということ
OEMの車両は基本的にフルオーダーのワンオフであり、中古市場に出回ること自体が稀である。価格帯について公式に明示された情報は限られるが、英国のカスタムバイク専門メディアの過去の記事やインタビューから推測する限り、ベース車両の調達費を含めて数万ポンド(日本円で数百万円台後半から)の範囲とされる。フルカスタムの板金、真鍮パーツの切削加工、革シートの手縫いといった工数を考えれば、この価格帯は手仕事のコストとして妥当と言える。
日本から依頼する場合、輸送費に加えて関税(二輪車の場合、FOB価格に対して原則無税だが消費税は課される)、英国での保険・MOT検査(車検に相当)の取得の問題が絡む。右側通行仕様の灯火器配置や、ウインカーの位置など、日本の保安基準との擦り合わせも必要になるだろう。実際に日本のオーナーがOEMの車両を走らせている事例は、少なくとも公開情報の範囲では確認が難しい。だが、英国やヨーロッパ本土のカスタムショーでは定期的に出展されており、そこで実物を目にした日本人ライダーも少なくないはずだ。
「カスタムバイクを所有する」という行為の意味は、OEMのような工房を通して考えると、より鮮明になる。量産車を買うこととの最大の違いは、完成までの時間を共有するプロセスにある。素材の選定、図面の検討、板金の進捗——その過程にオーナーが関与し、待ち、最終的に受け取る。OEMの年間生産台数が数台に限られるということは、その待機時間もまた長いということだ。ただし、その「待つ時間」自体が所有体験の一部であるという考え方は、ビスポークの靴やスーツの世界では当たり前のものだ。二輪車においても、同じ価値観が成立する領域がある。
Photo by Aref Loni on Unsplash
📺 関連映像: Triumph Bonneville cafe racer custom exhaust sound — YouTube で検索
まとめ — 引き算が残すもの
Old Empire Motorcyclesの車両は、足し算のカスタムに慣れた目には物足りなく映るかもしれない。派手なグラフィックも、ハイパフォーマンスを誇示するパーツリストもない。だが、一枚の鋼板をイングリッシュホイールで曲面に育て、真鍮の部品を旋盤で一つずつ削り出し、溶接痕すら意匠として残す——その手仕事の密度は、カスタムバイクという表現形式の根本に立ち返るものだ。
ノーフォークの平野を吹く風は、装飾を剥ぎ取る力を持っている。その土地で生まれる車両が削ぎ落としの美学を宿すのは、ある種の必然かもしれない。OEMの仕事は、カスタムとは何かを改めて問い直す静かな回答であり続けている。
英国カスタム文化の奥行きをさらに知りたい向きには、Chris Hunter著『Bike EXIF: The Ride – 2nd Gear』(Gestalten刊)がまず手に取りやすい。世界中のビルダーの作品を高品質な写真とテキストで収録しており、OEMを含む英国勢の位置づけも俯瞰できる。より広くカスタム文化の系譜を辿るなら、Gestalten刊の『The Custom Motorcycles of Dynamic Choppers』、あるいはMike Seate著『Café Racers: Speed, Style, and Ton-Up Culture』(Motorbooks刊)が、カフェレーサーの歴史的文脈を理解する上で有用だ。
本記事はメーカー公開資料・雑誌バックナンバー・公開報道を編集したものです。公道での違法改造・スピード超過・無保険走行を推奨するものではありません。車両の購入・カスタム・メンテナンスは、必ず正規ディーラーまたは認証整備工場にご相談ください。
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Bike EXIF: The Ride – 2nd Gear
Chris Hunter / Gestalten
- 📖
The Custom Motorcycles of Dynamic Choppers
Gestalten
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Café Racers: Speed
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Style
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