Krautmotors──ロルフ・ライクがR nineTから引き剥がしたもの、そして載せたもの
ドイツ・ハイデルベルクの一人工房Krautmotorsが、BMW R nineTをどう解体し再構築するのか。その設計思想と手法を解く。
「余計なもの」を削ぎ落とす行為に、なぜドイツ人は執着するのか
BMWのR nineTは2013年の発表以来、世界中のカスタムビルダーにとって格好の素材であり続けている。空冷OHVボクサーではなく水冷DOHCの1169cc空油冷ボクサーを積み、サブフレームの分離構造を持ち、ABSのキャンセルすら公式に許容する──メーカー自身がカスタムのベース車として設計したと公言している稀有なモデルだ。だが「素材として優秀」であることと「その素材から何を引き出すか」はまったく別の話である。
ドイツ南西部、ハイデルベルクに工房を構えるKrautmotors(クラウトモータース)の主宰者ロルフ・ライク(Rolf Reick)は、R nineTの「削り代」を極限まで追い込む作り方で知られるビルダーだ。彼の仕事を見ていると、カスタムの本質が「足す」ことではなく「引く」ことにあるという、使い古された命題が妙に生々しく立ち上がってくる。ライクの手法は、単にパーツを外して軽くするミニマリズムとも違う。外したあとの空白に、別の意味を持つ造形を嵌め込む。それは建築でいうリノベーションに近い。構造体は残し、意匠と機能を入れ替える。
Krautmotorsの名が欧州のカスタムシーンで浮上したのは2010年代半ばだが、ライク自身のバイク歴はそれよりはるかに長い。元々はグラフィックデザインを生業とし、ガレージで個人的にバイクを弄っていた人物が、いつの間にか「本業」を入れ替えてしまった──という経緯は、欧州のインディペンデント・ビルダーに共通するパターンでもある。ただしライクの場合、デザイナーとしての職能がビルドの骨格に色濃く出ている点が、他との分水嶺になっている。
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R nineTという「設計上の余白」をどう読むか
R nineTのフレームは、鋼管メインフレームとボルトオン式のアルミ製リアサブフレームで構成される。リアサブフレームを外せばシート以降のラインは白紙に戻る。ここがビルダーにとっての最大の「余白」だ。エンジンは空油冷の水平対向2気筒・1169cc、メーカー公称で110PS/7750rpm。乾燥重量は約222kg(発売当初の欧州仕様)とされる。シャフトドライブ、テレレバー式フロントサスペンション、パラレバー式リアサスペンション──BMW伝統の駆動・懸架方式がそのまま残る。
ライクのR nineTビルドでは、この純正構造のうち「テレレバーをあえて残す」判断が目を引く。多くのビルダーがテレレバーをコンベンショナルなテレスコピックフォークに換装するなかで、ライクはテレレバーの造形的な異質さ──つまり「BMWにしかないもの」──をデザイン上の武器として活かす方向を選ぶことがある。テレレバーはブレーキング時のノーズダイブを抑制する構造であり、Aアーム状のリンクがフォーク下部とフレーム側を繋ぐ独特の外観を持つ。この「不格好さ」を隠すのではなく、車体全体のラインを合わせることで「見慣れた異形」に変える。そこにデザイナー出身の視点が透ける。
一方、リアまわりは大胆に作り替えるのが通例だ。純正サブフレームを外し、短いループフレームやフラットなテールセクションを溶接あるいはボルトオンで組む。シートカウルはアルミの叩き出し、もしくはFRP。テールランプはLEDの小型ユニットに置き換えられ、ナンバープレートホルダーはスイングアーム直付けかフェンダーレス化されるケースが多い。純正の大ぶりなマフラーはショートメガホンやステンレスのワンオフ管に換えられるが、ここでも「音を変えるため」ではなく「ラインを整えるため」の換装だという印象を受ける。エキゾーストの取り回しは、ボクサーエンジンの場合、左右のシリンダーヘッドから出る排気管の集合位置とサイレンサーの配置で車体のシルエットが大きく変わる。ライクのビルドでは、集合管をエンジン下で一本にまとめてから車体右側に抜くレイアウトが見られ、これによって左側面がすっきりとしたエンジンのフィン列だけの「顔」になる。
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塗装とグラフィック──グラフィックデザイナーの「手癖」
Krautmotorsのビルドで最も識別性が高いのは、実はメカニカルな部分よりも塗装とグラフィックかもしれない。ライクはグラフィックデザイナーとしてのキャリアを持ち、タンクやカウルに施すペイントワークに独特の美学がある。ブラシストロークを活かした手描きのレタリング、マットブラックと生地金属のコントラスト、あるいは意図的に塗装を「しない」ことで素材そのものの表情を見せる手法。いわゆるカスタムペイントの文法──キャンディカラー、フレイムス、ピンストライプ──とは明確に距離を取っている。
ここで注目すべきは、ライクが「塗装の不在」をデザイン要素として使う点だ。アルミタンクを磨き出しのまま残し、溶接痕をあえて見せる。あるいはスチール部品にクリアコートだけを吹いて経年変化を前提とした仕上げにする。こうした処理は、日本のカスタムシーンでは「やりっぱなし」「未完成」と受け取られがちだが、ライクの文脈では意図的な設計判断であることが、全体の造形の整合性から読み取れる。タンクの曲面、シートのライン、フレームの露出部分が一つの視覚言語で統一されているからだ。
このあたりの感覚は、同じドイツ語圏のプロダクトデザインの伝統──バウハウス以降の「素材の正直さ」という思想──と無関係ではないだろう。もちろんライク本人がバウハウスを引いているかどうかは別の話だが、「装飾を加えるのではなく、構造を露出させることで美を作る」という態度は、ドイツのインダストリアルデザインに通底するものだ。ディーター・ラムスの「Less, but better」がバイクのタンクに宿っている、と言えば大袈裟だろうか。大袈裟だろう。だが方向性としては間違っていない。
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一人工房という制約と、そこから生まれる濃度
Krautmotorsは基本的にライク一人の工房だとされる。大規模なファクトリーではなく、ハイデルベルクのガレージから車両を送り出す。年間の製作台数は限られ、一台ごとに数ヶ月を費やすスタイルだ。この制約が、皮肉にもビルドの濃度を担保している。
欧州のカスタムビルダーシーンには、大きく分けて二つの流れがある。一つは、Deus Ex Machina(デウス・エクス・マキナ)やWrenchmonkees(レンチモンキーズ、現在は活動終了)のように、ライフスタイルブランドとしてカフェやアパレルを展開しながらカスタム車両を「文化装置」として発信する路線。もう一つは、一人または少人数の職人が、受注ベースで一台ずつ作り上げるアトリエ型の路線。Krautmotorsは明確に後者に属する。
アトリエ型のビルダーにとって、展示会への出展やウェブメディアへの露出は、受注を獲得するための生命線だ。ライクの車両は、ドイツ国内のみならずイタリアのMotor Bike ExpoやフランスのWheels & Wavesといった欧州の主要カスタムイベントで展示されてきた実績がある。これらのイベントは、カスタムバイクを「走るアート」として評価する場であり、量産車のモーターショーとは異なる審美眼が働く。
興味深いのは、ライクがBMW以外のベース車も手がけている点だ。ヤマハSR400やホンダCB系をベースにしたビルドも公開されており、「BMWボクサー専門」というわけではない。だが、やはりR nineTを素材にしたときに最も「らしさ」が出る。それはおそらく、R nineTの持つ「工業製品としての精度の高さ」と「カスタムのための意図的な余白」のバランスが、ライクの引き算的なアプローチと相性がいいからだろう。精度の高い工業製品を崩すからこそ、崩し方に意味が生まれる。安い素材を削っても、それは単なる省略にしかならない。
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R nineTカスタムの現在地と、Krautmotorsの立ち位置
R nineTの中古相場は、日本国内では初期型(2014年前後)で100万円台後半から200万円台前半が一般的な価格帯とされる。欧州ではやや安く流通しているが、為替と輸送費を考慮すると、日本で中古を買ってベースにするのが現実的だろう。カスタムベースとしての人気は依然として高く、部品の流通も比較的潤沢だ。Wunderlich(ヴンダーリッヒ)やRizoma(リゾマ)といったアフターマーケットメーカーがR nineT専用パーツを多数ラインナップしており、ボルトオンで外観を変える選択肢も豊富にある。
だが、Krautmotorsのようなフルカスタムとボルトオンパーツの寄せ集めは、当然ながらまったく別の次元の話だ。ライクのビルドは、パーツカタログから選んで組むのではなく、車体全体の造形を一から設計し直す作業だ。そこには三次元CADの出力ではなく、手描きのスケッチと金属板のハンマーワークがある。この「手の痕跡」こそが、一人工房のカスタムバイクが量産カスタムパーツの組み合わせとは異なる存在感を持つ理由である。
R nineTのカスタムシーンを俯瞰すると、初期のカフェレーサー偏重から、スクランブラー、ボバー、さらにはストリートファイター的な方向へと、スタイルの多様化が進んでいる。BMW自身もR nineT Pure、R nineT Racer、R nineT Scrambler、R nineT Urban G/Sといったバリエーションを展開し(一部は生産終了)、カスタム文化をメーカー側から「先取り」する戦略を採った。この状況でビルダーに問われるのは、「メーカーが用意したスタイルの延長線上に留まるのか、それとも別の文脈を提示するのか」という問いだ。ライクの仕事は、明らかに後者に立っている。
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まとめ──構造を読み、意匠を引く、という流儀
Krautmotorsのロルフ・ライクが示しているのは、カスタムバイクにおける「編集」の重要性だ。素材としてのR nineTは優れている。だがその優秀さに寄りかかれば、誰が作っても似たような車両になる。ライクは、R nineTの構造を深く読み込んだうえで、何を残し何を削るかを判断し、削った空白に自身のグラフィック感覚を注ぎ込む。その結果として立ち現れるのは、BMWでありながらBMWのカタログには絶対に載らない一台だ。
一人工房の制約、年に数台という生産ペース、グラフィックデザイナーとしての出自。これらの要素が重なって、Krautmotorsのビルドには独特の密度が宿る。それは「狂気のスタイル」というよりも、「冷静な狂気」とでも呼ぶべきものかもしれない。計算し尽くしたうえで、常識の枠を外す。そういう種類の逸脱だ。
もっと深く知りたい人には、世界のカスタムビルダーを網羅的に紹介した写真集『The Ride: New Custom Motorcycles and Their Builders』(Robert Klanten編、Gestalten刊)が入り口として最適だ。続編にあたる『Bike EXIF: The Ride – 2nd Gear』(Chris Hunter著、Gestalten刊)にはより新しい世代のビルダーが収録されており、Krautmotorsと同時代の欧州シーンの空気を掴める。日本語の情報源としては、『カスタムバーニング』2019年2月号が欧州カスタムの特集を組んでおり、バックナンバーを探す価値がある。
📺 関連映像: BMW R nineT custom builders Europe Krautmotors — YouTube で検索
本記事はメーカー公開資料・雑誌バックナンバー・公開報道を編集したものです。公道での違法改造・スピード超過・無保険走行を推奨するものではありません。車両の購入・カスタム・メンテナンスは、必ず正規ディーラーまたは認証整備工場にご相談ください。
📚 この記事で紹介した書籍
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Bike EXIF: The Ride – 2nd Gear
Chris Hunter / Gestalten
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カスタムバーニング 2019年2月号
造形社
- 📖
The Ride: New Custom Motorcycles and Their Builders
Robert Klanten / Gestalten
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