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EN13594を読み解く——バイクグローブの「安全」は規格のどこに書いてあるのか

欧州プロテクション規格EN13594の構造を解剖し、春夏秋冬のグローブ選びに必要な判断基準を示す。

EN13594を読み解く——バイクグローブの「安全」は規格のどこに書いてあるのか
Photo by Ronnzy Moto · Source

規格票を開かずにグローブを選ぶ、という危うさ

バイク用グローブの商品ページを開くと、「CE認証取得」「EN13594:2015準拠」といった表記が並ぶ。だが、その規格が具体的に何を要求し、何を保証していないのかまで踏み込んで買う人間は少ない。メーカー側もまた、規格を「取っている」ことをマーケティングに使いこそすれ、試験内容の詳細をカタログに記載するケースはまれだ。

EN13594は、欧州標準化委員会(CEN)が策定したオートバイ用プロテクティブグローブの性能規格である。正式名称は「Protective gloves for motorcycle riders」。初版は2002年に発行され、2015年に大幅改訂されて現行版となった。日本国内にはバイクグローブに対する法的な性能基準が存在しないため、国内メーカーが自社製品の安全性を客観的に示そうとするとき、事実上この欧州規格が唯一のベンチマークになっている。

問題は、EN13594がレベル1とレベル2という二段階の性能区分を持ち、試験項目ごとに要求値がまったく異なる点だ。レベル1をクリアしているグローブとレベル2のそれでは、同じ「CE認証」でも耐摩耗性に倍近い差がつく。この構造を理解せずに「CE付きだから安全」と判断するのは、車検が通っているからブレーキパッドの残量は気にしない、というのと同じ種類の思考停止である。

本稿では、EN13594:2015の試験項目を一つずつ分解し、春夏秋冬それぞれの用途でどの項目が効いてくるのかを整理する。規格票そのものはCENのサイトで有償販売されている文書だが、試験方法の骨格と要求値の概要は各認証機関や公的研究機関の公開資料から知ることができる。それらを軸に書く。

motorcycle gloves protective gear close up Photo by Mick Bulstra on Unsplash

EN13594:2015の骨格——何を、どう試しているのか

EN13594:2015が定める主な試験項目は、大きく分けて五つある。耐摩耗性(Abrasion resistance)、引裂き強度(Tear resistance)、突刺し強度(Cut resistance / Blade cut resistance)、縫製部の破裂強度(Seam bursting strength)、そしてナックルプロテクターの衝撃吸収性(Impact protection)だ。加えて、人間工学的な適合性(Ergonomics / Sizing)や、操作に必要な指先の感覚保持も評価項目に含まれる。

耐摩耗性の試験は、EN388で規定されるサンドペーパー摩耗試験をベースにしている。回転する研磨紙にグローブの素材を押しつけ、穴が開くまでの回転数を記録する。レベル1では掌部で最低2000回転、レベル2では最低8000回転が求められるとされる。この差は大きい。時速50km/h程度のスライドでも路面との接触時間が1秒を超えれば、掌の摩耗は深刻になる。レベル1で「ぎりぎり」の素材は、速度域が上がれば意味をなさない可能性がある。

引裂き強度は、素材の端から裂け目が伝播する力を測る。転倒時、グローブの一部が裂けると指が露出し、摩耗試験の前提そのものが崩壊する。レベル2では引裂き強度の要求値がレベル1の約1.5倍に設定されているとされ、素材選定だけでなく縫製パターンの設計にも影響する。

ナックルプロテクターの衝撃吸収試験は、EN1621-1に準じた方法で行われる。5kgのフラットアンビルに向けてプロテクターを装着したストライカーを落下させ、透過する力を測定する。レベル1では透過力が9kN以下、レベル2では7kN以下が一般に要求されるとされる。つまりレベル2のプロテクターは、同じ衝撃をより多く「吸って」くれる設計でなければならない。ここで使われるのが、いわゆるハードプロテクター(TPU、カーボン複合材)か、D3Oやテンパーフォームに代表される非ニュートン流体系素材かという選択だ。ハードプロテクターは衝撃の「面」を分散させ、軟質素材は衝撃エネルギーの「時間」を引き延ばす。どちらが優れるという単純な話ではなく、グローブの設計思想によって最適解が分かれる。

もう一つ見落とされがちなのが、指先の触覚保持だ。EN13594は、グローブを着用した状態で一定の太さ以下のピンをつまめるかを試験する。プロテクション性能を追求してパッドを厚くすると、クラッチレバーの遊び調整やウインカースイッチの操作で不利になる。規格はこの二律背反に対して最低ラインを設定しているわけだが、実際の操作感は素材の柔軟性や縫製の位置で大きく変わるため、規格適合だけでは判断しきれない領域でもある。

motorcycle glove abrasion test leather material Photo by Janet Ganbold on Unsplash

レベル1とレベル2——「CE認証」の二枚看板を見分ける

市場に流通するCE認証グローブの多くはレベル1である。レベル2の認証を取得するには素材・縫製・プロテクターのすべてでより厳しい数値をクリアする必要があり、製造コストが跳ね上がる。レーシンググローブやプレミアムツーリンググローブにレベル2が多いのはそのためだ。

具体例を挙げる。Held(ヘルド)のEvo-Thrux IIはレベル2認証を取得したレーシンググローブとして知られる。カンガルーレザーとゴートスキンのコンビネーションで耐摩耗性を確保しつつ、掌部のスライダーで路面との摩擦係数を制御する設計だ。一方、Alpinestars(アルパインスターズ)のSP-8 V3はレベル1認証のストリート向けで、フルグレインレザーを使いつつも厚みを抑えて操作性を優先している。価格帯でいえば、レベル2のグローブは概ね20,000円以上、レベル1は8,000〜15,000円前後が中心価格帯となるが、ブランドや流通経路で上下する。

注意すべきは、レベル1が「安全でない」わけではない点だ。EN13594のレベル1は、CEマークを冠するための最低基準であり、裸の手で走ることとは次元が異なる。だが、高速道路を常用するツーリングや、サーキット走行を視野に入れるなら、レベル2を選ぶ合理性は十分にある。特に掌部の耐摩耗性は、転倒時に本能的に手をつく人間の反射行動を考えると、もっとも負荷がかかる部位だ。

FIVE(ファイブ)のRFX3 EVOは、レーシンググローブとしてレベル2認証を取得しつつ、手首のクロージャー設計で着脱性を確保した製品として評価されている。フランス拠点のFIVEはグローブ専業メーカーであり、EN13594の各試験項目に対する設計アプローチがカタログ上でも比較的詳細に開示されている。グローブ選びにおいて規格の中身を意識するなら、こうした専業メーカーの情報発信は参考になる。

📺 関連映像: EN13594 motorcycle glove CE certification test explained — YouTube で検索

春夏秋冬——季節ごとに規格のどこが効いてくるか

EN13594自体には季節の区分はない。しかし、季節によってグローブに求める機能の優先順位が変わる以上、規格の各項目の「効き」が変わってくるのは当然だ。

。メッシュグローブに手が伸びる季節だが、EN13594の耐摩耗性試験は素材の厚みと密度に大きく依存する。メッシュパネルの面積を広げれば通気性は上がるが、そのパネル部分の耐摩耗性は革や高密度テキスタイルに比べて大幅に落ちる。CE認証を取得しているメッシュグローブは存在するが、その多くはレベル1であり、メッシュ部分を掌や指の接触面から外して甲側に配置することで規格をクリアしている。つまり、通気性と耐摩耗性のトレードオフは設計上避けられず、メッシュグローブで「CE付き」を買う場合は、どこがメッシュでどこが革(またはケブラー補強テキスタイル)なのかを確認する必要がある。

RSタイチのRST461(GP-WRX レーシンググローブ)は夏用ではないが、通気孔の配置と耐摩耗性の両立を意識した設計で、国産メーカーとしてEN13594への対応を明示している数少ない製品の一つだ。国内メーカーはCE認証を必須としない日本市場に向けた製品が主力のため、EN13594を取得しているモデルは限定的であることを知っておきたい。

。防寒グローブは素材が厚くなり、耐摩耗性の数値は出しやすい。代わりに問題になるのが操作性——指先の触覚保持と握力の伝達だ。厚い中綿が入ると、ブレーキレバーのストローク感が鈍くなる。EN13594は触覚試験を規定しているが、寒冷地での実使用を想定した試験条件ではないため、規格適合品でも冬場の操作感は素材構成で大きく変わる。防水メンブレン(GORE-TEXやHiporaなど)の挿入位置が指先の感触を左右するという指摘は、整備士やインストラクターの間でも広く語られる。

春秋。気温15〜20℃前後の中間期は、グローブ選びがもっとも悩ましい。薄手のレザーグローブが心地よい季節だが、プロテクター内蔵の有無で安全性能に大きな差がつく。Racer(レーサー)のHigh Racerは、この中間期を想定したモデルとして、薄手のゴートスキンにソフトプロテクターを組み合わせ、レベル1認証を取得している。

結局、EN13594が示すのは「最低限ここまで守れますよ」というラインであり、季節ごとの快適性や操作感は規格の外にある。規格を理解したうえで、自分の走行環境と速度域に照らして判断するのが本筋だ。

motorcycle riding gloves seasonal summer winter leather Photo by Mick Bulstra on Unsplash

規格の限界——EN13594が語らないこと

EN13594は優れた規格だが、万能ではない。いくつかの限界を正直に記しておく。

まず、規格は「新品時」の性能を評価する。グローブは使い込むほど革が薄くなり、縫製が緩み、プロテクターの衝撃吸収能力も経年で低下する。何シーズン使えるかは試験項目に含まれていない。

次に、試験は「部位ごと」に行われるが、グローブ全体としての一体性——たとえば転倒時にグローブが脱げないかどうか——は、手首のクロージャーの強度として間接的に評価されるにすぎない。高速スライドでグローブが脱げてしまえば、すべてのプロテクション性能は無意味になる。手首をベルクロだけで留めるのか、ダブルストラップで固定するのか、ガントレット型でジャケットの袖口と重ねるのか。この設計選択は規格の外にある。

さらに、フィッティング。EN13594はサイジングガイドラインを含むが、手の形状は個人差が大きく、規格適合品でも自分の手に合わないグローブはプロテクション効果を十分に発揮しない。特に日本人の手は欧米人と比べて掌幅に対する指の長さの比率が異なるとされ、欧州メーカーの標準パターンでは小指や薬指のフィットが甘くなる傾向があるという指摘は、バイク用品店の販売現場でも頻繁に聞かれる話だ。

もう一つ、規格の改訂サイクルの問題もある。EN13594:2015は発行から10年以上が経過しており、素材技術の進歩を反映した改訂が議論されているとも言われる。とりわけ、非ニュートン流体系プロテクター素材の試験方法や、電子機器(タッチスクリーン対応導電素材など)との両立に関する規定は、現行版では十分にカバーされていない。

motorcycle glove knuckle protector impact test Photo by Angry._.Kat on Unsplash

📺 関連映像: motorcycle gloves comparison review protection level — YouTube で検索

まとめ——規格を「読める」ライダーになる

EN13594:2015は、バイクグローブの安全性能を客観的に比較するための、現時点でもっとも体系化された基準だ。レベル1とレベル2の区分を理解し、耐摩耗性・引裂き強度・衝撃吸収性・触覚保持という四つの軸で製品を見れば、カタログの宣伝文句に振り回されずに済む。

季節によってグローブを使い分けるのは当然だが、どの季節でもEN13594認証品を選ぶという一線を引いておくことで、最低限の安全性は担保される。日本市場ではCE認証を取得していない製品も多く流通しているため、購入時にタグや商品仕様でEN13594の記載を確認する習慣をつけたい。レベルの表記がなければレベル1と考えてよいが、それすら不明な製品はそもそも規格試験を受けていない可能性がある。

グローブは消耗品である。プロテクション性能は使用とともに劣化するため、縫製のほつれや革の薄化が見られたら交換時期だ。EN13594はあくまで「新品の入口」における性能保証であり、その先は使い手自身の判断に委ねられている。

規格の数字は地味だが、転倒した瞬間に効くのはブランドの名前ではなく素材の物性と縫製の精度だ。規格を読み解くことは、自分の手を守るための最初の一歩である。

もっと深く知りたい人には、柏秀樹氏の『ライディング事典──プロテクション・ウェア・ライディングギアの本質』(枻出版社)がプロテクション装備全般の思想を体系的にまとめている。また、『RIDERS CLUB』2023年8月号(枻出版社)はライディングギア特集でEN規格にも触れており、『タンデムスタイル』2024年3月号(クレタパブリッシング)は春のグローブ選びを実用的に整理した特集を組んでいた。いずれもバックナンバーの入手は可能なはずだ。

motorcycle rider gloves highway touring safety Photo by Shajan Jacob on Unsplash


本記事はメーカー公開資料・雑誌バックナンバー・公開報道を編集したものです。公道での違法改造・スピード超過・無保険走行を推奨するものではありません。車両の購入・カスタム・メンテナンスは、必ず正規ディーラーまたは認証整備工場にご相談ください。

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