Mule Motorcycles が仕立てた"追悼のトラッカー"── ボンネビルT100 の骨格に宿した、もうひとつの物語
故人への敬意を一台のストリートトラッカーに昇華させたMule Motorcyclesの仕事を、設計と文脈の両面から読む。

一台のバイクが"誰かの続き"を走るということ
カスタムバイクのビルドには、多かれ少なかれオーナーの人格が染み込む。だが、そのオーナーがすでにこの世にいない場合、一台の車両が帯びる意味は根本から変わる。完成した車両に本人がまたがることはない。エンジンに火を入れる瞬間の高揚を、当人は知ることがない。それでも──というより、だからこそ──ビルダーの手は慎重になる。
サンフランシスコを拠点に活動するMule Motorcycles(ミュール・モーターサイクルズ)が手がけた一台のトライアンフ・ボンネビルT100ベースのストリートトラッカーは、まさにそうした「不在のオーナーに捧げる一台」だった。ビルダーのリチャード・ポロックは、長年にわたりトラッカースタイルを軸にした車両を世に送り出してきた人物である。華美なショーバイクではなく、走ることに軸足を置いた実直な造形で知られる。その彼が、亡くなった友人──元のオーナー──のために、中途半端な状態で残されていたボンネビルを引き取り、完成へと導いた。
この車両は単なるカスタムビルドの成果物ではない。一台のバイクが人の手を渡り、未完のまま時間を止め、そこからもう一度動き始めるまでの経緯そのものが、この車両の"設計思想"だと言ってよい。
Photo by Jeremy Bishop on Unsplash
ベース車両としてのボンネビルT100──空冷パラツインの素性
ストリートトラッカーのベースにトライアンフ・ボンネビルT100が選ばれたことには、構造的な合理性がある。2001年に復活したヒンクレー世代のボンネビルは、排気量790ccの空冷並列二気筒DOHC(後に865ccへ拡大)を搭載し、360度クランクによる均等爆発のパルスを持つ。出力はメーカー公称で概ね61〜68ps程度とされ、現代の水冷マシンと比べれば控えめだが、トラッカーという用途においては過不足がない。
トラッカーの要諦は、直線での最高速度ではなく、低中速域でのトルク特性と車体の軽快さにある。ボンネビルのスチール製ダブルクレードルフレームは、クロモリではないが剛性と重量のバランスが良く、シート下のサブフレームをカットして短縮する加工にも耐える。旧来のボンネビル650やトライデントに比べると溶接部の品質も安定しており、フレーム加工の自由度が高い点はカスタムベースとして広く評価されてきた。
また、ヒンクレー・ボンネビルの美点のひとつに、エンジンの外観がある。空冷フィンが刻まれたシリンダーとヘッドは、水冷化以前のトライアンフが持っていた造形的な品格を意識して設計されたものだ。カムカバーやクランクケースの処理も、60〜70年代のマーレスビルド時代を想起させるデザインラインを持つ。カスタムの土台としてボンネビルが選ばれ続ける理由は、このエンジン外観のクラシックさと、現代的な信頼性の両立にある。
一般に、トラッカービルドではキャブレター仕様が好まれる傾向がある。インジェクション車はECUのセッティング変更にコストがかかり、エキゾーストの変更やエアクリーナーの撤去に対する燃調の追従が難しいとされるからだ。初期型T100はキャブレター仕様で出荷されており、この点もベース車両としての適性を高めている。
Photo: Triumph Bonneville T100 in Munich by AuHaidhausen, via Wikimedia Commons (CC BY 4.0)
Mule Motorcyclesの手法──トラッカーという文法
リチャード・ポロックのMule Motorcyclesは、カスタム業界のなかでも独特の立ち位置にある。ショーの受賞歴を積み上げるタイプのビルダーではなく、完成した車両が実際に走り込まれることを前提とした造りを信条としてきた。フラットトラックレースの文脈──つまり、ダートオーバルを左回りに旋回し続ける競技──から抽出されたジオメトリと機能美を、公道向けの車両に翻訳する仕事である。
今回のボンネビルにおいても、その文法は一貫している。出典記事の情報に拠れば、サブフレームは短く切り詰められ、アルミのフラットなシートパンが載る。タンクはスリムなものに換装され、ライダーの膝の内側にぴたりと収まるラインが作られた。フロントフォークはインナーチューブ径やトレール量の変更を伴うものに換装されたとされ、フロントブレーキのキャリパーも見直されている。リアサスペンションにはÖhlins(エーリンズ)のSTX 36ツインショックが奢られた。Öhlins STX 36は、ストリート向けツインショックとして定評のあるユニットで、プリロードと伸び側減衰の調整が可能である。車体姿勢をやや前下がりにセットし、フロント荷重を増やすことで旋回初期の応答性を上げるのが、トラッカー的なセットアップの定石とされる。
排気系は高い位置に取り回されたアップスイープのエキゾーストパイプが装着されている。フラットトラッカーにおけるハイパイプは、バンク角の確保と地面からの飛び石対策という実用上の理由から生まれた形式だが、ストリートトラッカーではこの造形そのものがスタイルの核になる。サイレンサーの容量や内部構造については出典記事に詳細がないため断定を避けるが、一般にこの種のカスタムでは排気音量と保安基準のバランスが悩みどころとなる。日本の車検制度下では近接排気騒音規制が適用されるため、同様の仕様をそのまま持ち込むことは難しい場合が多い。
📺 関連映像: Mule Motorcycles Triumph Bonneville tracker — YouTube で検索
技術ディテール──キャブレターの選択とセッティングの思想
この車両の心臓部にかかわる技術的な要素として、吸気系の構成がある。出典記事の情報に基づけば、純正キャブレターからの変更が施されている。トラッカービルドにおいて吸気系の変更は、エンジンの性格を根本から書き換える行為であり、ビルダーの思想が最も色濃く反映される領域だ。
一般論として、純正のCVキャブレター(負圧式)は、スロットルバルブがエンジンの吸入負圧によって開閉されるため、急激なスロットル操作に対してもある程度の緩衝作用が働く。これに対し、レース由来の強制開閉式キャブレター──たとえばKeihin FCRやMikuni TMRなど──は、スロットル操作がそのままバタフライ(またはフラットバルブ)の開度に直結するため、レスポンスが鋭くなる反面、ラフな操作に対するマージンが小さくなるとされる。FCRの場合、加速ポンプの吐出量やニードルのテーパー角、ジェット番手の組み合わせによって低速域のツキを細かく調整できるが、その分セッティングの手間は格段に増える。
トラッカーという走り方──スロットルのオン/オフで車体姿勢を積極的に変え、リアタイヤを滑らせながら旋回する──においては、スロットルレスポンスの「速さ」よりも「予測可能性」が重要だと一般に言われる。つまり、開けた分だけ正確にトルクが立ち上がり、戻した分だけ素直にエンジンブレーキがかかる、リニアな特性が求められる。Mule Motorcyclesのビルドにおいても、こうした考え方が吸気系の選択に反映されているものと推察される。
ボンネビルの並列二気筒は、360度クランクゆえに二つのシリンダーが同時に上死点を迎える。このレイアウトは排気干渉の面ではやや不利とされるが、等間隔爆発による規則的な駆動パルスは、ダートやウェット路面でのリアタイヤのグリップ管理をしやすくする側面があると言われる。270度クランクの不等間隔爆発が持つトラクション特性とは異なるアプローチだが、トラッカーの文脈では360度クランクのほうが「古典的な正しさ」を持つ、と評する声もある。
「不在のオーナー」とカスタムバイクの倫理
冒頭で触れた通り、この車両はもともと別のオーナーが所有していたボンネビルである。出典記事によれば、そのオーナーは車両の完成を見届けることなく世を去り、残された車両をリチャード・ポロックが引き継いだ。遺された家族の意向もあり、ポロックはこの車両を「故人が望んだであろう形」に仕上げることを選んだ。
カスタムバイクの世界では、こうした「追悼ビルド」は決して珍しくない。北米のチョッパー文化圏では、亡くなった仲間のバイクをクラブメンバーが完成させるという慣習が存在するし、日本でも旧車會やストリート系のコミュニティで同様の話を耳にすることがある。ただ、追悼ビルドには常に難しさがつきまとう。故人の趣味嗜好をどこまで反映するか、ビルダー自身の美学とどう折り合いをつけるか、完成した車両を誰が所有し、誰が乗るのか。これらの問いに普遍的な正解はない。
ポロックの場合、出典記事から読み取れる範囲では、自身のトラッカー文法を大きく逸脱することなく、しかし細部において故人への敬意を込めた仕上げを施している。それは「故人の好みに合わせて自分のスタイルを曲げる」のではなく、「自分の最良の仕事で送り出す」という態度に近い。ビルダーとしての誠実さが、結果的に追悼としても機能している。
Photo by PattayaPatrol (BY-SA) via Openverse
相場と入手性──ボンネビルT100 をトラッカーに仕立てるなら
Mule Motorcyclesのワンオフビルドを依頼することは、当然ながら容易ではない。ビルド費用は出典記事に明記されていないが、同工房の過去の仕事の相場から推して、パーツ代と工賃を合わせれば相当の金額になると考えられる。
一方で、ベース車両としてのヒンクレー・ボンネビルT100(キャブレター仕様、2001〜2008年頃)は、日本国内の中古市場でも比較的手頃な価格帯で流通している。走行距離や車両状態にもよるが、公開されている中古車情報を概観する限り、50万〜90万円程度のレンジで見つかることが多い。水冷化後の現行ボンネビルT100(2016年以降)と比較すると、旧型の空冷モデルは価格面でのハードルが低く、カスタムベースとしてのコストパフォーマンスに優れる。
ただし、キャブレター仕様の旧型ボンネビルにも弱点はある。ゴム系パーツの経年劣化、ステーターコイルの不具合、レギュレーターの発熱問題などは、この世代のトライアンフに見られる既知の持病として広く知られている。ベース車両を入手する際には、これらの消耗・劣害部品の状態を確認しておくことが望ましい。
トラッカースタイルのカスタムは、チョッパーやカフェレーサーと比較すると、日本国内での施工例がやや少ない。しかし、フラットトラックレースへの関心が国内でも徐々に高まっており、ダートトラック走行会の開催も増えつつある。ストリートトラッカーというジャンルは、今後さらに裾野が広がる可能性を持っている。
📺 関連映像: flat track racing Triumph Bonneville — YouTube で検索
まとめ
Mule Motorcyclesが仕上げたこのボンネビル・ストリートトラッカーは、カスタムバイクが持ちうる意味の幅を静かに示す一台だ。リチャード・ポロックの手による車両は、どれも走ることを前提とした実直な造りで知られるが、この一台にはそれに加えて、故人への追悼という重い文脈が載っている。
技術的に見れば、空冷パラツインのボンネビルT100をトラッカーに仕立てる手法は、すでに確立された文法の範囲内にある。しかし、ビルダーが「誰のために作るか」という問いに向き合ったとき、同じ文法でも出来上がる文章はまるで違うものになる。この車両が証明しているのは、そういうことだ。
ボンネビルT100の構造やカスタムの文脈をより深く理解するには、Peter Henshawの著書『The Triumph Bonneville Bible』(Veloce Publishing刊)が体系的な資料として有用である。また、国内のカスタムシーンの空気感を知りたい向きには、『カスタムバーニング 2023年10月号』(造形社)がトラッカー/ダートトラック特集を組んでおり、参考になる。
出典: Bike EXIF
本記事はメーカー公開資料・雑誌バックナンバー・公開報道を編集したものです。公道での違法改造・スピード超過・無保険走行を推奨するものではありません。車両の購入・カスタム・メンテナンスは、必ず正規ディーラーまたは認証整備工場にご相談ください。
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